医局が抱える問題

—その3  「対抗策」たりうる『民間医局』の現実

 大学の医局が名義貸し問題などでたたかれたり、新臨床研修医制度で大学の応募研修医が定員割れを起こしたり、なにかと大学の医局が物議を醸している。しかし僕のようにまさに大学の医局に在籍している身からすれば、是か非かを問われる以前に「大学の医局が果たして社会に必要であるかどうか?」のレベルで議論をされている現在は、どうも胸がチクリチクリと痛んでしようがない。

 人民裁判で家族が死刑か終身刑かを議論されているようで。

 しかし、日本の地域医療を支えているのは現時点では間違いなく大学の医局であると思う。

 たしかに、テレビやメディアで論じる立場にある人達にとっては大学の医局は役に立たない。そういう人達は都会に住んでいて「人気のある」病院へ行くからだ。そういう病院は放っておいても医者が勝手にあつまるから、医局からわざわざ人を集める必要などない。

 だが、医者として行きたがらないような病院の場合、話は別だ。田舎にある病院、検査の機械が十分に揃わない小さな病院には、基本的に医者は行きたがらない。

 そういった病院に就職するのはやはり医者としては抵抗がある。一旦そういう小さい職場にはまりこんでしまうと、そこから抜け出すことがなかなか難しいからだ。人は自分の可能性を限定するような状態には身を置きたくないものである。

 医者が自由意志で自分の職場を選ぶようになれば、地域のニーズとは関係なく医師の偏在化が助長されてしまうだろう。もしくはそういった偏在化によって医師の能力格差が広がると思う。なぜなら、現在医局が強制的に医者をシャッフルしていることで、こうした傾向をなんとか食い止めているからだ。
 
 大学の医局が崩壊してゆく様を、ミクロな視点で見てみよう。

 今私が所属しているO大学の某内科でも人不足は深刻だ。臨床研修制度で新入局員がいなくなる以前から、需要、つまり派遣先が欲しがっている人員数と、供給つまり大学から出せる人数のミスマッチは顕在化していた。

 ここでちょいとしたレクチャー。医局にはいろいろな関連病院があるが、やはり「良い」関連病院、「悪い」関連病院という序列は存在する。
 良い病院というのはやはり患者さんにとっても人気のある大きな病院、地方の基幹病院(国公立であることが多い)などだ。こういう病院では質のよい臨床経験を積むことが出来るし、だから医局員にも人気がある。病院にすれば医局との関係を絶っても医者は勝手に集まってくれるし、他の大学の医局に頼んでもいい。だから医局もできるだけ良好な関係を保とうとする。

 その反対に医局員が行きたがらないような田舎の病院、小さな病院の場合、医局と病院との力関係は逆転する。病院は頭を下げてなんとか一人でも医者を派遣してもらおうと頼み込むが、なかなか医者を送ってもらえない。

 医師を渇望しているこうした病院にとって、なかなか医者を送ってくれない医局というのはいかにも酷薄に感じられるわけだが、医局長だって意地悪しているわけではなく、医員が行きたがらないのだからしようがない。医局が権力を持っているといったって、医局員には医局を辞めるという自由は残されているし、厭なものを無理矢理に行かせるわけにはいくまい。

 逆に医員だって自分のキャリアの積み立てというものがある。小さい病院に就職して検査の件数が少なかったりすれば大きな病院に行っている同期と差が付いてしまう。それは愉快ではない。もともとの実力はともかく、小さな病院で検査が出来なければ、実力を伸ばす機会すら与えられないわけだから。

 そんなわけで、どこの世界でも美人はモテモテで不細工は冷たくあしらわれてしまう。需要と供給。競争社会である。
 

 話を戻すが、当科の場合マンパワー不足が深刻になっている。とにかく人がいない。

 大きな病院は大きな病院で研修医こそ確保できるものの、3年目以上の実働部隊的なフットワークのよい内科医は何人だって欲しい。検査件数だって増えているし、医療訴訟も増えているからインフォームドコンセントにとられる時間は倍増しているし同意書などの書類作業も増える一方である。現在こういった大きな病院でもほんとうは5人消化器内科医が欲しいところを4人で我慢してもらったりとかそういう状態が慢性的に続いている。そういうのは11人必要なサッカーでレッドカードがでると10人で闘わなければいけないのと似て、医局員の疲弊も甚だしくなる。

 もっと小さい病院はさらに悲惨である。小さい病院からしてみれば、5人が4人など羨ましい話であるのだ。もともとが一人か二人なのだから。大学からのバイトで充当している分も、バイトがこれまでと同じようには派遣されなくなったりして(それは、今問題になっている名義貸しの問題も微妙に関与していたりする)、もう圧倒的に人が足りない。

 ここ数年のマイナー人気や、臨床研修医制度、それから逆風になっている名義貸し問題などの諸相が重なり、医局の持っているマンパワーはかなり削られているというのが正直な所だ。先ほどいった「不人気な病院」は無論、「基幹病院」に回す人員すら事欠くといっていいだろう。僕が医者になる前、5年前くらいの状況と今とはかなり差がある。逆に言うとこの5年間の間で医局の持つ力というものはずいぶん変質したと言える。

 私が今行っている病院もそんな感じだ。今までは常勤の内科一人いて、それに検査や外来の補助ということで大学から週二〜三日バイトで医者に来てもらっていたのだが、去年の7月にその常勤の内科医が(待遇が不満であるということで)やめてよその病院へうつったのである。一がゼロ。これはいけない。

 大学のほうでもなんとか派遣する人員を探したものの、どうしても代わりが見つからず、しばらくはバイトの内科医で保たせるということになった。

 え?というか、私、だけ?

 私と、もう数人かのバイト医師を急ごしらえで行かせてはくれたものの、私は二日半が限界であるし、あとはせいぜい半日のバイト。というわけで、週のうち内科があるのは3日のみという体たらくとあいなった。それ以外の日は外科の院長が「総合診療」という名目で内科の患者さんを併診してしのいでいる。(患者さんにしてみれば院長が診てくれるというので満更でもなかったようだが、内科としてのフォローアップに、多少問題が生じることはいうまでもない。)、はっきりいって細腕繁盛記。

 その後もうちょっとバイトの人も増員されて、一応週五日は内科が居る状態を作りだせたものの、(土曜日もやっているので一日足りない)、これは、ただ「居る」っていうだけで最低ラインをクリアしただけだ。入院も、検査も、外来も全部こなすのははっきりいって大変であるし、バイトというのは常勤が居てこそのバイトなのである。常勤がいなくて、すべての責任を持つ立場というのにはちょっときびしい。

 というわけでいろいろな仕事が無茶苦茶増えた。一日の外来を終えて、当直室にカルテを全部持って上がる。出来るだけ要約して、情報の共有がちゃんと出来るようにだ。当直をしながら40-50冊のカルテをチェックするのが最近の日課だ。ほんとうは僕のいない日のカルテもチェックしたいが、とてもとても。
 

 まぁ、そういうわけで僕の行っているバイト先の病院では常勤が辞めてしまった後補充もなく、ギリギリの体制でなんとかやりくりしているのでありました。

 当然この病院も大学からの派遣人事に全面依存しているわけではない。いろいろなつてを辿って人捜しに奔走しているのだが、なかなかうまくいかないようだ。実際一般臨床の場では余っている医者なんか、全然居ないのだ。

 まず院長の個人的なコネクションなどはうまく働いていない。これは院長の人脈が狭いわけではなくて、知り合いはみんな忙しくしており、余っている医者など存在しないからだ。もしそういう医師がいるとすればそれは干された無能力医であり、それはそれでまずい。
 

 で、半年ほど前からいわゆる医者の就職情報誌へも求人広告を載せているわけです。いわゆる「Jamic Journal」や「民間医局」のような医者斡旋業ですね。

 まず掲載料が滅法高い。ここには書けないが、普通の本に対する医学書が高いのと同様、医師の求人欄は高い、と申し上げておこう。実はよく知らないんだけど。

 そして掲載料もともかく、契約料の高さ。皆さんは知っていますか? 医師を紹介して契約がまとまった場合、こうした医師派遣会社には手数料としてその年収の二割を払うのだ。そういうシステムなもんだから、派遣システムも契約時の年収をつり上げようとするのだ。それに、需要が供給を常に上回っている。結果として公示される年収は医局人事のそれとは別の次元を動くことになる。

 今の病院は、内科医常勤ゼロを1にしようとしているわけなので、もし来るとすれば内科部長という待遇になる。30歳-50歳くらいで、普通に使える人間を求めるのであれば、最低でも1500万から2000万を用意しなければならないらしい。その20%といえば300-400万、これを派遣会社に払わなければならない。え?そんなにとるの?

 しかも、その医師の質は未知数だ。(というか、正直言ってあまり期待は出来ない場合が多い)目玉が飛び出るほどの金を積んだり、職場環境がよほど医師のニーズに合っていない限り、この条件で来るのは、医局を飛び出さざるを得ない事情を抱えた医師、協調性のない医師が高い確率で含まれている。なかには本当に優秀な医師もいるが、こうした人材派遣システムというのは自分の業績をしっかりとアピールすることが大前提なので、本当に優秀で「患者を呼べる」スター級の医者を呼びたければ、おそらく2000万では安い。3000万以上からの競りになるだろう。

 高くてうまいはあるが、安くてうまいはあまりないのだ。
 …3000万かぁ。俺が4人は雇えるな。

 おまけに一旦医局人事以外でこうした人材を就職させた場合、その人物が問題児であったときのその後の処遇も難しい。居直られて居座られたりした場合、目もあてられない。むこうだってここをくびになったら行くところがないのだから必死だ。その必死さが診療に向かえばよいが、歪んだ風に情熱を使う人間はどこにだっている。小さな職場なので、一人一人の医師の資質が、明暗を分ける。
 

 というわけで、少なくとも現時点ではこれらの医師派遣システムは医局に取って代わるほどのポテンシャルは持っていないように思える。この病院が、なかなか大学から人を送ってもらえなくても、いまなお大学にしがみついているのは、それ以外での医師調達がリスキーかつエクスペンシブだからである。

 大学から来る医師は短期にチェンジするというのが欠点だが、診療の質は保証されているし、賃金的にもそんなに無理がない。目に余る問題医師の場合、大学に申し立てて『返品』することだって可能だ。

 逆に医師にしたって、あまり魅力のない職場であっても、国公立病院よりはやや高めの賃金を得ることが可能だし、気に入らなくても数年我慢すればまた次にはいい職場に赴任するチャンスが残っている。

 
 

 一応弁護しておくと、民間の医師派遣システムはまだ黎明期であり、医局人事が圧倒的に優勢な現在では医師派遣に於いて補完的な役割しか果たせていないというのも確かなのである。医局が人事権をがっちり押さえているがゆえに、医師派遣ビジネスの成長を阻害しているという意見もあるかもしれない。 もし医局が崩壊すれば、供給が増え、賃金も適性になり病院側も医師をそのニーズに合わせて選ぶ事ができるかもしれない。そういう世の中は、本当に来るかも知れないし、オープンな医師派遣システムには自浄作用もあるかもしれない(市場原理主義では、こういう民間業者の競合という形態は最善の結果を生むと盲目的に信じられている)。

 だが、民間の医師派遣システムに、日本の医療に対するビジョンがあるか?現在のようなマージンの取り方や商売の仕方を見ている限り、そうは思えない。医局システムが(皆の望むように)崩壊し、医療に関係ないやつが肥え太る。そんなのはどうあったって僕には承服できない。

 そう、これは僕の私憤であるが、義憤でもあるのだ。



(Feb. 2004初稿 Aug改稿)