Snow-Brand milk

昔、クラブの後輩のバンド名に「毒印」と名付けたことがある。
うん、あれはいいバンド名だった。いろんな意味で。

2000年6月末、雪印乳業大阪工場製造の乳製品による集団食中毒が発生。1万4000人を超える被害者を出した。同工場では返品された低脂肪乳や牛乳などをそのまま原料として再利用、その際、社員以外の者が素手で紙パックを開封していたり、雑菌の入る可能性がある屋外で、脱脂粉乳を溶解して加えるなどの作業を行っていた事実をつかんでいる。再利用には品質保持期限が切れた製品も使われていたことが判明し、大阪工場は廃業に追い込まれたほか、同社の社会的地位は著しく失墜した。
また、同時期にやや感情的な異物混入に関するニュースが相次ぎ種々の食品会社がとばっちりをうけた。

やれやれ、時事ネタは風化が早くてこまるね。

 2000年8月8日現在、僕の冷蔵庫の中には雪印乳業の牛乳が入っています。コトが起こる前に買ったやつだ。
勿論、とっくに飲めない。
この場合、雪印の人はいっこも悪くないけど、この牛乳(というか、チーズというか。)飲めば確実に死ぬでしょうな。


それにしても、今回の雪印乳業の一件、後味が悪うございますな。
勿論大阪工場の余り物を再生して使っているという話も、かなり「う゛ぉぇ〜」という印象を与えましたが、そのあとの全国の反応もあまり好きではない。過剰反応というか、理性的ではない、というか。
飛行機事故が起こった後は欧州人は「今はむしろ整備などしっかりしているだろうからいつもよりも安全だ」と考えて、飛行機に乗るのを厭わないが、日本人は「やはりなんか気持ち悪いから飛行機に乗るのをよそうかな」という気分になる。

この「なんか気持ち悪い」というのがポイントだと思う。理屈なんて無い。

「日本人は水と安全はタダだと思っている」とは、イザヤ・ベンダサンこと山本七平の言だが、我々は日常生活に潜在的に潜んでいるriskを意識しないで暮らしているし、意識にのぼらせないようにしている。そして、最も重要なのは、一旦意識しだした途端、それがどんな些細なリスクであろうとも、一旦凝視したそれから意図的に目を逸らすことが出来ないということだ。リスクというものに向き合うことそのものに日本人は耐えられない。リスクに対し定性的評価が出来ても定量的評価が出来ない。

「羮に懲りて膾を吹く」といってもよかろうが、普段潜在的に存在するリスクに鈍感なこと、そしてそれに一旦気づいた後は過剰に反応すること、共に小人の振る舞いであり、相当格好悪いと思うのだが。


 そして、雪印グループのひとつ、雪印食品が、決定的な事件を起こしてしまう。
 狂牛病騒ぎのため、農林水産省が商品に出来ない牛肉の買い上げを(臨時救済措置で)行ったのだが、ラベルを偽造したりして国産でもなんでもない安いオーストラリア産の牛肉を提出していたことが発覚する。当初関西ミートセンター長の単独の計画とされていたが、組織ぐるみの犯行であることが後に判明する。さらに、そういった産地の偽装、高級牛肉と偽って安い肉を混ぜて売るということが常態化していた事実が発覚するに至り、雪印食品は解散、雪印乳業も主要部門を全酪へ業務譲渡、雪印グループは事実上壊滅となった。

 さすがに、偽装体質がまったく改善しない事実には唖然とした。

 だが、その後産地の偽装、高級肉の偽装は他の会社でもかなり行われていたフシがあり、食品業界自体の常識となっていたようだが…